『空を飛ぶ男』 (1978年執筆) ・゜・☆.・゜.・. ・..・.゜・☆.・゜.・.       . ・゜・☆.・゜.・.・. Fryman on the sky.・゜☆・゜・゜ ・         .・゜.・゜・  真夏の或る晩の出来事。  すねっかじりの大学生、男四人が集まりマージャンにふけっている。夜も峠に差しか方頃、「西家」の男がリーチを掛けながらこんな事を言いだした。南場の3局。 (西)そういやぁ、Yのやつどうしてる  のかなぁ。  西家は気分が良いと、こう「ぁー」という風に言葉の語尾を心持のばす癖があった。「Y」とは勿論、高校の頃に僕たち4人と同じ遊び仲間のグループにいた、もう一人の男の事である。 (北)あいつな、本当、最近顔見せない  な。、、、、、、ほれ、こい! (東)おっと、アブイ、アブイ。、、、、、  あいつ確か、進学しないで働いてい  るだろ。 (西)ああ、俺、月に一,二度は会って  たんだけどなぁ。この1年会ってな  いな。  この時、西家はトイメンの手をチラリと気にしながら、上ずったような相づち。 (僕)ホイ、、、、。 (北)「イーピン」!しけた捨て方すん   な。 (僕)いーじゃない。  その間に、西家の男がYのアパートへ電話を掛けだした。連絡場所を知っているのは彼しかいなかった。 (西)いけね、千葉は市外だった。    も一度・・・・。 (北)おい、お前の分ツモルよ。    ・・・・えーと「南」  電話片手に・・・ (西)はずれ。 (北)ほい、イーピン。 (僕)人の事いえっか。 (東)オイ、出ないのか? (西)ああ、全然。もう20回以上鳴っ   てるのに。 (北)眠ってるって事もないなぁ。こん  な時間じゃ、アパート帰ってるだろ  うに。 (東)あいつ、変わってたからな。   自分の事は余り話さなかったな。   考えると、余りあいつの事知らない  な。 (西)俺にも話さなかったな、自分の事  は。結構、いろんな事知ってる物知  りだったけど・・・・。  西家は諦めて、電話を切る。 (東)ほい。これじゃどうだ。 (西)あっ、その「北(ペイ)」 (東)エッ? (西)はずれてまーす。 (東)おい、余りいい冗談よせヨ。 (北)プッ! (僕)ほい、安牌。 (北)あいつ、前に銀座で見かけたんだ。 (西)去年のクリスマスの日に電話した  きりだよ。 (北)おい、去年のクリスマスって、あ  の初雪の日? (西)そうそう、夕方、6時頃かな。 (北)へっ、6時、どこへ。 (西)あいつんとこだよ。 (北)うそ。アパートに? (西)嘘ついてどうすんの。 (北)あいつ、住んでんの千葉だよな。 (西)そうだよ、千葉の奥のアパートに。 (北)おれ、銀座であいつを見たの、雪  のクリスマスの夕方6時20分。 (僕)去年? (北)そう、去年。 (東)6時20分? (北)そう、6時。和光の時計台で彼女  と待ち合わせていて、   俺が20分も送れたのでかなり時を  気にしていたので覚えてるよ。彼女  に会った瞬間、Yの姿を見つけたん  だゼ。 (東)電話は、本当に6時?ちょうど? (西)電話してるときに、テレビで6時  のニュース始まってたも。東京は初  雪だってトップニュースで・・・。   Yともその話したも。   電話切ったのはそのすぐ後。 (東)じゃ、おまえの見間違いだよ。 (北)いーーや、Yだった!ぜったい! (西)だって、電話してたんだよ、千葉  の奥の田舎の遠い彼方に居るYと。 (北)俺だって確かに見たんだ。手に黒  い鞄、変な帽子かぶってた。 (西)帽子?!    かぶるか、イマドキ。 (北)なんだよ、俺が嘘ついてるのかヨ。  思わぬ二人の熱の入った論争の進展に、 僕と東家は黙ってしまった。西家のいう事の方が筋は通っている。しかし、北家の熱弁の勢いは尋常ではなかった。勢いでは西家を上回っていた。北家は銀座でYの姿を見た。確かにYに声は掛けなかったにしろ、確かにYだった。かなりそう思い込んでいる。声を掛けなかったのは、彼が妙に緊張した面持ちだったからだという。その時の表情まで確認しているのだから、こちらもまんざらではない。  その場の険悪な静けさを割ったのは東家の一言だった。 (東)あれ?俺、このまま行くとハイテ  ンじゃんヨ。 (北)「じゃん」て。 (西)ほい、はずれ。 (北)となりゃ、現物、現物・・・。 (東)エイ!  東家の男は慢心を込めて、ハイテイをとる。 (東)やった!ハイテイ・ツモ。 (僕)うっそー!? (北)もしかして、親じゃないの? (東)じゃーん。   親の役満、4万8千点!!  西家、その高配当にも目もくれず 皆がそれに気を取られている隙を狙うようにいきなり自分の牌を崩そうとしたとする。西家の男の挙動不審を察した北家が、西家の手を掃う。西家はリーチしていたのだが・・・。 (僕)おい、結局何待ちだったの? (西)・・・・ドラタンキ。 (北)あれ?それってフリテンじゃない。 (西)れっ?そうだった??  この様に西家の男はしらばっくれているが、実はリーチの一発逃しの次の東家の捨て牌で既に当たっていたのだがロンしようと思った途端、自分のチョンボに気づき、密かにイラついていたという次第である。  この夜の勝負は、西家ことごとくついていなかった。  明け方、再びYのアパートに電話してみたが、矢張り無理であった。矢張り電話係と勤めた西家が帰り支度をしながら呟いた。 (西)あいつ、不思議なやつだったもな。 (僕)ねぇ、Yの今の連絡場所教えといて。  僕は、妙にYの事が気に掛かった。    後日、彼のアパートを訪ねようと思った。Yという男は、いつも人に気にさせる存在だった。  その4日後、僕は浦安まで出る事があり、ついでに「四街道」に住むYのアパートまで思いきって足を伸ばしてみる事にした。浦安を出たのが3時過ぎ、4時近かった。四街道までは後一時間の行程。駅からさらに歩いて20分は掛かると聞いていた。寂れた四街道の駅に着く頃にはもう日も暮れかけていた。  ちょうど5時少し前。久しぶりに会うのに手ぶらではと思い、四街道駅前で唯一の酒屋を見つけ、酒を調達した。意外に手間を取り、彼のアパートへ向かったのは5時半をまわっていた。どうやら、彼のアパートへ着くのは「6時」。偶然にも、西家と北家の論争の時間だった。僕は無意識に、その時間を選んでいたのかもしれない。彼の事である、居るかどうか余り期待しないことに決めていた。 例の日曜日の西家と北家の論争の一件が頭に引っかかっていたのだ。彼に会って直接真相を聞いてみたかった。  アパートの名前は「日の出荘」。見るまでもなくアパートと予想できる。田んぼの真中に立つ二階建ての日の出荘を見つけるのはさほど手間を取らなかった。 表札の「日の出荘」の文字が建物の古さとは不自然に真新しかった。  彼の住む部屋は二階の奥。共同の玄関から上がるよりは建物の西側の非常階段を利用したほうが彼の部屋へ行くのに便利だと聞かされていた。その忠告に従って、玄関の左手に回ってみた。すると、非常階段に面した部屋の電気がちょうど消えるところだった。Yが出てくるなら、この非常階段だろう。非常階段の下で上を見上げていると、Yが出てきた。しかし、夕方の闇中に立つ僕には気づかないようだった。  Yはダサい背広姿に、かなりダサいそれと直ぐに分かる、黒い人工皮の鞄を手にしていた。頭には、北家の言っていた、妙に不釣合いなつばの付いた流行おくれの帽子をかぶっていた。やはり、あの時銀座に立っていたのはYだったのか。  僕は、2階で夜空を仰いでいるYの元へ、そっと近づいていった。夜空は東京では想像もつかないほどの星が瞬き始めていた。僕も足を止め、思わず夜空の星のステージを見つめてしまった。  彼は頭上に広がる夜空を確認するように見詰めると、鞄を右手に持ちながら、両の手を夜空の方へ真っ直ぐに差し伸べたかと思うと、夕暮れの夜空へ向かって音もなくフワッと飛んでいった。呼び止めようとしたが、危なそうなのでやめておいた思えば、その時直ぐにYに声を掛けなかったのは不覚だった。  後日、再び以前のメンバーでマージャンをする機会があった。    僕が先日の千葉での出来事を、事細かに極めて冷静に報告すると以前の東家が茶々を入れた。 (以前の北)余りくだらん冗談はよせよ。 (以前の西)そうでもないぜ。 (以前の北)・・・・・・・・。 (以前の西)だって、空でも飛べない人      間が千葉と銀座に殆ど同時      に姿を見せるなんて、その      方がずっと奇妙な話だけど      なぁ。矢張り、Yが空を飛      べると考えた方が自然だろ      うさ。 (以前の北)何が自然だよ。人が空飛ん      だりすっか? (以前の西)それじゃ、そっちが銀座で      見掛けたのは、Yじゃなか      った事になるよなぁ。  この「なぁ」という語尾の伸ばし方が、以前の北の気に障ったらしかった。牌を切るのも忘れ、ひどく興奮して以前の西に喰いついた。 (以前の北)俺のは確かさ!この両の目      ではっきりと見たんだ。       やつの表情まで覚えてる。       こう、硬直して緊張した       面持ちで、ちょっと赤らめ      た顔をしていた。       銀座の人混みでぽつんと一      人立ちすくしているあの姿      を見れば誰だって印象的に      覚えているさ、きっと。       車から通りすがりに歩道に      立つ人影を見たわけじゃな      い。いや、そんな事どうで      も良い。俺はYを見たん      だ!! (以前の西)俺だって30分近くY話      をしていた。       こっちからYの方に電話      したんだ。アパートに居な      くて俺と電話できるか?       だとすれば、・・・・・ (僕)ほい、安牌きり。 (以前の北)ほい、どうだ。 (以前の西)・・・・・だとすれば、Y     が空を飛べると考えた方が話     の筋がとおる。      ところで、その「白」ロン!  以前の北が当てられた。興奮した以前の北のポカだった。勝敗は以前の西がややリード。牌の切りなおしで、卓の上で四方から8本の手が這いつくばった。以前の東が呟いた。 (以前の東)しかし、なんだな。千葉の     田舎をYが飛び立つのは良     いとして、銀座の人混みの中     を、どう着陸したんだろうな。  何故か、彼の疑問が妙にリアルさを持っていた。一瞬、四人はそのイメージに、思いを馳せてしまった。それでまた、夜の夜中にYのアパートへ電話してみることにした。以前の西が掛ける電話の受話口からは呼び出し音が微かに漏れ、皆の耳にも幾度も聞こえていた。全員が深夜の静けさに響くベルの音に耳をすませた。Yが電話に出る事に期待したのではない。何故かむしろその逆で、電話に出てはくれるな、と願っていた。  矢張りYは出なかった。受話器を下ろし、以前の西がジャン卓に戻ると、みんな無言でマージャンを再開した。その時四人の頭の中には殆ど同時に、一つのイメージが鮮明に浮かび上がった。それは、夏の夜空で両手をまっすぐに前へ伸ばし悠々と飛んでいる、あの駄裁背広に駄裁革鞄のYの姿に、違いはないのである。               【 完 】 Copyright 2000 (C)office KAWA